Ethos-Annex

tanbi3.exblog.jp
ブログトップ
2010年 08月 07日

綺麗なだけではいられない

前の記事でいろいろ書きましたが、今はもう微熱と腹具合程度に治まっております。
それでも3日に2ロールのペースでトイレットペーパーがなくなりましたが(苦笑)。


さて、病床で読み返したのが、以前感想を書くと予告した朝丘戻。の『君に降る白』。
私の把握する限り彼女の初のハッピーエンドもので、昨夏出た4年ぶりの単行本です。

コバルト文庫からぱたりと姿を消し、復活かと思った携帯小説も次作が続かず、
このまま商業から、下手をしたら801業界から姿を消してしまうかと思っていた所、
思いもよらずダリアから新作発売と聞いて喜び勇んで本書を読んでからもう1年近く。
ましてやそれがハッピーエンドだったのですから読後の満足感はひとしおでした。

対人関係に臆病な主人公のぎこちない言動の中に滲む恋情がうまく描かれていて、
描写力に裏打ちされた切ない系の雰囲気は流石で、しかもそれが行き過ぎておらず、
これは作者の元からの筆力とと、復帰作ゆえ現れた筆や話の運びのぎこちなさとが、
うまいこと主人公の心理や言動とマッチしているせいもあるなあと思いました。

終盤で相手を慮った主人公により相手は一旦引き下がるので、これまでの経験から
このまま別れて終わるのだろうなあと思っていたら、主人公が知人から助言を受け、
さらには次章で自分から相手に会いに行くことを決意するという前向きな展開に。
思えば別れのシーンで主人公側から縋るような科白が出たのが伏線だったわけで。
再会の場面でも一波乱あり、主人公はさらに一歩踏み出して両思いとなるのですが、
この場面での相手の語る言葉の数々は作者の真骨頂で、その秀逸さに感嘆しました。

先ほどぎこちなさの点に触れましたが、本作で一番ぎこちないのはエピローグ部分。
おそらく作者にとっても初の甘々な後日譚なわけですから、何か色々ぎこちない。
主人公の科白が幼児化したり、地の分に擬音やオノマトペが増えたりするのですが
これまたできたての二人のベタな雰囲気にマッチしていて大変によろしいかなと。
作者の照れあるいは不慣れさが作品に直結しているようでほほえましい限りでした。


この辺りの作者と作品の繋がり具合を見るにつけ、本作で初めてハッピーエンドが
書かれたのは、作者自身の変化によるものではないかという推測が働くわけでして。

恋愛への理想や希望が純粋すぎて作中ですら他者と共有できないレベルだったのが
恋愛の持つ幼児的、動物的な部分、情動の醜悪さや悪感情のぶつかり合いなどの
具体的で生々しく、美しくない側面と、それすら凌駕する相互承認の幻惑的な甘さ、
これら清濁を作者自身がようやく併せ呑むことができたのではないかとも感じました。
もちろん旧作の玻璃を八重に編んだような硬質な恋情の描写も素晴らしいのですが、
成就せぬがゆえに美しいものに固執することには賛同しかねるものがありまして。

過去は切ない系のまま突っ走って、両思いであっても別れるという展開がお決まりで、
決して悪くはない(初期作品は素晴らしいエンディングだと思いました)ものの、
あえてハッピーエンドを避けているような作為的な感が気になっていたのですが、
本作のようなハッピーエンドの作品を読んでみると、作者の筆力の確かさと共に
やはり主人公たちが両思いとなる方がこの作者の物語としても自然だと思いました。
(ただ本作は初の試みかつブランク明けもあってか結構急展開での着地でしたが。)

そうすると、この数年間(携帯小説からでも2年)のブランクは、作者にとっても
意義のあるものだったのだろうと思い、新作を待っていた甲斐もあったと思います。
恥を忍んで告白しますが、私は上記の携帯小説を読むためにコバルトの携帯サイトに
日参していた時期がありまして・・・。期待に違わぬ出来だったもので年甲斐もなく。
ちなみに媒体が媒体ゆえなかなかアクセスする気にならず、一読するまでは
いわゆる他の「ケータイ小説」同様の記号群だったらどうしようかとビクビクでしたが。


実は次作の『猫のためいき。』も購入してあるのですが他の積ん読本に埋もれていて
読了はしばらく先になりそうです。楽しみは後に回す性格というのも難儀ですね。
[PR]

# by bonniefish | 2010-08-07 12:28 | 小説感想 | Comments(0)
2010年 08月 06日

みたび平和?な夏

今の職場に入った年、当時の部長に「30年近く勤めていて一番楽な年だ。」と言われ、
動き出した制度改革の中で迎えたはずの昨夏は「去年よりもっと楽だ。」と苦笑され、
新部長の下で3年目の夏を迎えましたが、相変わらずも平和な夏休みを迎えております。
流石に今年は昨年よりは忙しいですが、それでも均せば総じてヒマと言うほかなく・・・。

現在の職場で「宿題」なく夏休みを迎えられるのはそれなりの僥倖だとは聞くのですが、
3年続けてそれを引き当てる悪運も、鍛えられない初任を終えた後の姿もおそろしく。
仕分けられないか不安になりますが、今の職場は聖域化しているので大丈夫でしょう。
それでも流石に夏休み期間が3週間というのは維持できなくなるかもしれませんが。
前の会社もTOPIXの癖に至ってのんきでしたから、仕事運は良いのかもしれませんね。


さて、宿題のない夏休みを迎え、実家の漫画を倉庫に押し込もうとしたのですが、
あにはからんや、鳥刺しに潜んでいたカンピロバクターにより数日が消し飛びました。
なんだか酒を飲むようになってからカキをはじめ色々当たるようになりましたが、
食の好みの変化のせいなのか、三十路を超えた身体が悲鳴をあげているだけなのか。

まあ日頃の行いの報いなのだろうと粛々と休養して積ん読本を消化していましたが、
ノロのときとは違い吐き気も不快感も弱く(ただ熱は一時40℃近くなりましたが)、
何だか妙に中途半端な感じです。体形のせいもあり無駄に基礎体力があるせいか。
医者に行ったときにも「39℃超あるようには全然見えない。」と呆れられましたし。


本当に小ネタですが、個人的に少し残念なことがあったので書きとめておこうかと。
創刊当初から買い続けている『Dear+』のほか、『小説Dear+』、文庫、コミックス、
さらに最近は『Wings』に『KAGUYA』と、私が最も買っている出版社といえる新書館。
擁する作家陣に好みの人が多く、質の高い作品が多いのが購入の理由なのですが、
それを支えているのが優秀であろう編集陣であることは言うまでもないでしょう。

私が新書館の編集方針あるいは編集者の優秀さ、又は濃やかさを感じていたのは、
コミックスの最後の雑誌4誌(『Wings』『Dear+』と各小説誌)の紹介欄でした。
上記の各誌につき1/4ページづつを使って、執筆陣のうちそれぞれ主だった5名の
(小説ならよく組む絵師)イラストを掲載し、他の執筆陣を文字で紹介するものです。

ただ特徴的だったのは、もしそのコミックスの作者が当該雑誌に執筆していた場合、
必ずその作者のイラストを掲載し、しかも必ず冒頭に位置づけてくれていたんですね。
しかも掲載元の雑誌についてはそのコミックスのイラストを入れると言う凝りよう。
つまりコミックスの作者ごと、さらには一冊ごとに広告をそれぞれ作っていた訳です。
時期によって掲載陣の入れ替え等も必要ですしそのついでだったのかもしれませんが、
それにしても各コミックスごとに広告欄をカスタマイズする芸の細かさがあったのです。

読者は基本的にその作者が好きでその単行本を買っている訳ですから、広告欄でも
その作者がトップに取り上げられているのを見ればやはり嬉しくなるものですし、
何より作者自身絶対に悪い気持ちはしないでしょう。心遣いが染みるはずです。
私自身初めて気づいた際はかなり驚き、まさかと思って他のコミックスを確かめ、
嬉しさと感嘆の思いを深くし、改めて新書館という出版社が好きになったのでした。
コミックス最終ページの広告欄という、目を留めない人も少なくないであろう場所に
それなりの細かい手間をかける心配りや、それを当然あるいは良しとする社風に。

ただ昨年ころから、広告欄のフォーマットのみならず編集方針が変わったようで、
雑誌は801なら『Dear+』系の2誌に、イラストは9名を(おそらく)人気の順に
掲載するようになってしまい、少し以前の方針を惜しむ気持ちを感じていました。
それでも作者のイラストは必ず掲載しているところに心意気を見ていましたが。

そして、最近のルーキー作品においては、雑誌紹介欄すらなくなっていまして、
広告は帯に『Dear+』の表紙イラストと執筆陣を載せるのみとなりました。
ちなみに、4誌広告のころから、執筆陣については五十音順となっており、
コミックス等の作者の名前もその順に従って掲載されている形が続いていました。
平喜多ゆや『ミラクルだとか恋だとか』の帯もこの形態で作成されています。

ところが、先月発売されたかづきあつし『溺れるほどに愛しくて』を読了したところ、
ついに帯の広告で紹介される執筆陣までが人気順での掲載に変わっていまして、
新人ゆえに作者の名前は一番最後にまるで付け足しのように書かれていたんですね。
私はかづきあつしのファンではありませんが、思わず残念な気持ちになった次第です。

もちろん新人の名前を雑誌広告の中に入れているわけですから、作者や読者への
配慮がなくなった訳では決してないのですが、上述したこれまでの濃やかな心遣いと
比べてしまうとどうしても劣るというか意識が変わってしまったような気がして。
売り上げと言う金科玉条への目線が不可欠であると言うことも分かりますから、
売れ線の真逆を行き書籍以外の売り上げに貢献しない者が何を言う立場にもなく、
ふと個人的に気づいて覚えてしまった感傷を書き連ねてみました。お目汚し失礼。


先ほど書きかけた朝丘戻。の感想は別の記事で。日付はバックデートしました。
[PR]

# by bonniefish | 2010-08-06 23:50 | 801雑記 | Comments(0)
2010年 06月 27日

再び百合について思うことなど

相も変わらずグダグダな生活を送っているわけですが,持つべき物は畏友ということで,
再び矢のような催促と本の貸与を受けましたので,また百合について述べてみようかと。


借りたのはナヲコの『プライベートレッスン』が掲載されている『つぼみ』vol.3とvol5。
読み進めるにつけ本誌はどちらかというと男性をターゲットにしているなあという感が強く,
ゲイと801の関係に近しいものがあり面白味を感じたのですが,畏友曰く,ネットでの
レビューなどではレズビアニズムの観点からの感想を述べる方もおられるようでして,
その辺りは801初期のような特権意識と拒否反応のせめぎ合いがあるのかなあと。

偶然作家陣に惹かれて新書館の『ひらり、』を買ってみて比較したせいもあるのですが,
女性同士の恋愛そのものに価値を置くか,男性がいない恋愛という面に価値を置くかという
801と同じような嗜好と評価と批判が当てはまる辺りはそれなりに面白いと思いました。
さらにいうと,この辺に関する書き手や読者,編集者のスタンスなどが煮詰まってくる前に,
商業ベースに乗ってしまった(これは男性ヲタクが買い支えたことが一因でしょう)ために
801以上に同床異夢というか,妙なカオス(時として教条主義的な)がある気がします。

私は百合には全くといって良い程思い入れが無いので適当な事を書き散らせるのですが,
百合というジャンルは,読み手それぞれの哲学なり性的嗜好なりを海容するほどには
成熟していない気がしまして,さらにはそこにレビュアー各人が注ぎ込まんとするパトスも
時にピントがずれていたり肩に力が入りすぎているような気がしてならないのですが・・・。
要は『百合』は『百合』でしかなく,あくまで単なるエンターテインメントでしかないのであって
読み手が投影した「幻想」を他の読者にも強要しようとするのはナンセンスでしかないかと。


すっかり話が逸れてしまいましたので簡単に感想を述べていきましょう。
まずvol.3の方では,秋★枝の『ふへんの日々』が,好感の持てるキャラの間における
友情の延長線上にありえるような淡い恋情をリアルに描いていて面白く読めたなあと。
801でもこういう関係性には萌えがあると思っているのですが,百合として描かれると
よりリアリティが増すというか自然な気がして,前回書いたように,友情からの逸脱として
801で描かれていたものには,女性同士だとよりピントがあうものが少なくないのかなと。

あとはきぎたつみの『アンバランス』はやはりキャラも立っていてストーリーも面白いですが
あまり百合である意味がないというか,普通の作品として描いた方が面白そうかなと。
というかネコ役をこんなにあざとくベタに描かなくても良かったのにという感が強くて。

その余についてはとりあえずコメントすべきものに一言ずつ触れるのみとしますが,
安定感はあるし面白いが往時の深みはなく百合としての必然性も薄いきづきあきら,
ショタ物などでよく見るし百合でも問題なく読める幼馴染ものだがオチが弱い杉浦次郎,
男性愛読者のツボを突いているのだろうなあという以上の感想を抱けない大朋めがね,
ショタか801と間違える星逢ひろ,堀井貴介,キャラの痛さを昇華できない小川ひだり,
悪くないのになぜか心を(あと話も)動かしてくれない玄鉄絢,といった感じでしょうか。

次にvol.5では,まず眼を惹いたのが,彼氏を持ちながら戸惑いの中にいる主人公が
友人に流されるままに性的関係を持つにいたり,今後の両者の関係が動き始めることを
示唆して爽やかに終わる関谷あさみの『ロッシェの限界』。これはかなりの良作でしょう。
いわゆるノーマルな主人公が流されて同性を好きになるというのも801ではベタですが,
この作品では,あくまでも女性の主人公が女性として自我を揺すぶられていくさまが
大変にリアルで読み応えがあり,また間接的な描写ではあるものの,相手方の女性の
戸惑いや切なさも滲み出る作品となっていて,これはなかなか面白いと思いました。

あとは鈴木有布子の『キャンディ』の第1話が完全にツボをつかれて悶絶しました。
第2話は割と普通な恋愛もので,百合である理由を殆んど感じなかったのですが,
この第1話は冒頭から弓道少女はお転婆な少女として大変魅力的に活写され,
相手方のお嬢様もまた鈴木有布子的な凛とした強さと独特の衒いをもって描かれ,
互いの心情描写などが非常に百合度の高い作品になっていて新鮮な驚きでした。
お嬢様の思いがお転婆少女の心を揺り動かしていくあたりが特にまたすばらしく,
清掃活動の場面における双方の戸惑いと共感,お嬢様がお転婆少女の首元に
思わず唇を寄せるあたりなどはまさに百合的な恋愛描写の醍醐味ではないかと。

このように第1話は大変に素晴らしく百合として読み応えがあるにもかかわらず,
第2話からは普通の男女間の恋愛もののようにしか見えてこなくなる辺りは,
同性同士が出会って恋に落ちる所までの設定と描写で力尽きてしまったのか,
或いは付き合い始めてからの過程は性別に関わらず大差ないことの現れなのか。
考えてみるに,801でも,結婚できないことや子供を残せないことを除いてしまうと
付き合いだしてからの話については割に普通の恋愛として描かれていることに
今更ながら気付かされまして,これはある意味興味深い事態だなあと思いました。
横道に逸れましたが,本作はまだまだ大変面白く,第3話への期待は大です。

水谷フーカの『雪のお姫さま』は,前回の記事でも書いたとおり,各キャラの立て方や
話の進行などは大変面白く読めたものの,百合ではないなあという感想を抱きました。
主人公の成長や他のキャラとの絡みの描写はお見事で読み応えがありましたが,
別に百合的な情動にその理由を求めなくとも良いなあという印象がどうしても強くて。
まあ比較的作品を発表しやすい百合や801でまず知名度や評価を上げてから
一般ジャンルで活躍する人も多いので,そういうルートを辿る人なのかも知れません。

きぎたつみの『アシンメトリー』は双子と天然な叔母との掛け合いが妙に面白く,
主人公のいっぱいいっぱい感にやや引きつつも,独特なリアリティを堪能しました。
このような,自我が未成熟というか思春期前期的な視野の狭さと関係性の深さを
しっかり描いている辺りは,この作家の力量を如実に示しているのではないかなと。
まあもう少しキャラを穏当にしてギャグ度を下げた方が上質になるとは思いますが。

その他の作家,作品は基本的にvol.3で描いたのと同様な評価となりますが,
仲良し3人組の中で友情と恋情のあわいを上手に描いて好感が持てる堀井貴介,
絵は好みからずれてきたものの主人公の心情描写などの面が向上した宮内由香,
これまた男性百合読みが好きそうだネタだなあというほた。及びカサハラテツロー,
といった辺りには触れておくべきかなあと。vol.3よりは全般に読めた気がします。

さて,ここまであえてナヲコ作品に触れていない訳ですが,『プライベートレッスン』は
けっして悪い作品ではなく話も良いものの,設定オチというかキャラオチというか,
とにかくストーリーとしての何かが見えてこないような感があって少し残念です。
設定や展開が割に唐突な感じで場当たり的に見えてしまうからなのかもしれません。
情動を活写するのが非常に得意な方なので,百合的なストーリーを描くよりは,
短編や読みきりなどでシーンに特化して濃密な描写をしてくれると嬉しいのですが。
いずれにせよ結果的に展開に幅が出てきましたので第4話も非常に楽しみです。


なんだか本当にこのブログの存在意義が分からなくなってきていますね(苦笑)。
最近は801では杉原理生の作品にはまりだして旧作を買い揃えてみたり,
朝丘戻。や栗城偲がプラチナから新作を出したことに嬉しい驚きを覚えたり,
アンソロの『Canna』が意外と雰囲気が良くて定期購読を決めたりしていまして,
801から離れたわけでは決して無いのですが・・・。Ethosとは判らないものです。

本ブログにも来月から広告が入ったりするようですが,特段引っ越したりもせずに
ふらりと書き込む形になるかと思いますので,思い出した頃にお立ち寄りください。
[PR]

# by bonniefish | 2010-06-27 00:35 | 801雑記 | Comments(4)
2010年 05月 24日

知らぬは本人ばかりなり

自らの不徳によりおひとりさま生活に戻って久しいのですが,それでも何故に本ブログに
書き込みをする気が起きないのかつらつら考えるにふと思い当たった理由に愕然とし,
思わず芋焼酎の『竈』の一升瓶を夕方から半分以上空けたのがつい先日のことでしたが,
畏友から再びのプレッシャーを受けたのを機に4か月ぶりにPCに向かっております。

詳細は私の貧しい対人関係をさらに狭めかねないために詳らかにはいたしませんが,
要は801を読んでいる理由である私のethosが,本ブログへの書き込み以外の形で
発散(昇華?)されていた訳でして,我ながら自らの現金さには驚嘆するばかりです。

まあ御託はさておいて,一応備忘録をば残しておきましょう。

・ここ数か月の一押しは平喜多ゆやの初単行本『ねこになりたい』でしょうかね。
 自分がはまった独特のエロさは出ていないものの,キャラの心情の拾い方は流石。
 考えてみればかなり乙女だったり不思議だったりするキャラたちが,違和感無く
 作品内におさまっている所が良いのでしょう。今月の新書館からの新作にも期待。

・あとは懐かしさに買った南野ましろの『しっぽのきもち かんぺき』が予想外に◎。
 かつての一時期は「なぜ801雑誌には動物漫画がこんなに多いんだ」などと
 憤っていたこともありましたが,振り返って纏めて読むとかなり癒されますなあ。
 考えるに,801をファンタジーとして現実と乖離した癒しとして読む層にとっては
 こういう動物漫画も同じニーズとして括られるわけなんですね。今更にして納得。
 まあ最近のマガビーの『わんにゃん日和』はベタだし「性別受」臭がして微妙ですが。

・そういえば乙橘の『少年メイド』のベタさにどっぷり浸かっていることが未報告かと。
 各キャラのダメさとけなげさと可愛さのバランスに読んでいていたく和まされます。

・・・こうやって挙げていくと割りと癒し的な作品に強く親和性を覚えているように感じ,
自分が思ったより疲れているか老いているのではないかという気がしてきましたが。

そういえば海嶋怜の『たんぽぽのまもり人』に801萌えしかけた挙句,ラストで
目頭を熱くしてしまった辺りからしても,やはり疲れているんでしょうかね・・・。
さらに言えば,三浦しをんの『風が強く吹いている』にもどハマりしましたし・・・。


あとは畏友のリクエストにより,百合アンソロジー『つぼみ vol.6』に対する雑感という
801ブログに置くには違和感を覚える方もいるかもしれない内容で埋めてみようかと。

これは畏友も私もともども敬愛するナヲコ先生が作品を描かれていることから,
百合は読まないという思想信条を捻じ曲げて畏友から借りてきたものなのですが,
改めて読んでみるに801との親和性が高い作品も少なくなくて驚かされました。

百合を(あまり)読まなかったのはひとえに,百合を愛でる方々がネットで書かれている
意見と相容れることがほぼ皆無であったからなのですが,本誌の執筆陣を見れば
分かるように,百合描きの中には801を描いているような人も含まれている訳ですし,
同性間の情動として描くことで際立つような感情をテーマに据えている作品については,
百合と801は主人公の性別以外に差が無い(その差の大きさはさておき)訳ですから。
(そういえば私の敬愛する紺野キタ女史は801の単行本に百合も入れてましたね・・・)

とはいえ801やショタの黎明あるいは乱立期によく見られたことですが,本アンソロも
作品の平均レベルは余り高いとは言えず,玉石混淆の様相であることは否めません。
そんな中でも個人的に気付いた点などをいくつか簡単に述べておきましょう。

・どうやら百合読みの間で評判が高いらしいカサハラテツローの『タンデムLOVER』は
 文系オタクが片思いの相手と同じオタク趣味でありかつ両思いであることが分かって
 ハッピーだったね,という大変身も蓋も無い話でして,予想通りそのご都合っぷりが
 愛でられているようで幻滅。オタクの去勢されぶりが如実ににじみ出ているなあと。

・目当てのナヲコ先生の『プライベート・レッスン』はいきなり3話から読んだこともあり
 若干展開のための話というか情感が見られない感じだったのでやや物足りなさも。

 というか高校生の女の子2人が,相手と交流を通じて己が在り方を模索する様を,
 画面から溢れ出すほどの痛みと希望と輝きをもって描き出した,『voiceful』という
 奇跡的な作品を読んでいるので,期待過剰になっているのは自覚していますが。

・あとは鈴木有布子の『キャンディ』は,相変わらずの彼女らしい真っ直ぐな清冽さで
 恋愛を描いていて高評価だが,これはタチ役の女の子を普通に男の子にした方が
 すんなり読めてかつ面白い作品になる気がしてならない。ある意味百合性0かも。
 同様に思ったのが玄鉄絢の『星川銀座四丁目』と犬上すくねの『はさみとゆび』か。

・別な意味で百合ではないが良いなあと思ったのが水谷フーカ『はみだし音楽隊』。
 私はこういうベタに頑張る話は好きですし,百合も良いスパイスになっている気が。

・百合的な作品で文句なしに一番気に入ったのはきぎたつみ『ロンサム・エコー』。
 両キャラがいずれも謎を含みつつ非常に立っていて魅力的だし,両者の関係が
 どう進展していくのか気になる話の作り方は見事かと。絵にも雰囲気があるし。
 あとは大朋いずみ『Green.』も悪くない。私の考える百合のテンプレに近いかも。

・関谷あさみ『無限遠点』とコダマナオコ『レンアイマンガ』は,どちらも同じような
 話を801で散々読んでいたのに,改めて百合ものとして目の前に提示されると,
 百合の方が自然ではまっていて面白いという,個人的には眼から鱗な作品。
 特に後者は801では飽き飽きしていた「偏執と作家もの」なのに,百合にすると
 途端に描写に説得力と読み応えが出てきたのにはびっくりした。続編に期待。


肝心の801の感想を大して書いてないのに何をやってるんだという感じですが,
まあ数少ない読者からの要望を優先したということで,平にご容赦をば。
さらには今後の更新ペースを約束することも避けておいた方が良いかなと・・・。
[PR]

# by bonniefish | 2010-05-24 02:52 | 801雑記 | Comments(0)
2010年 01月 27日

再開的な機運

およそ10ヶ月弱ぶりに書き込みをしております。気がつけば新年も一月が経ちますね。


最近更新を行っていなかった理由はいくつか挙げられますが,列挙するに
・口を糊するために時間的・精神的余裕を多分に割いていた
・801業界に対する体温というか熱気が冷めてきた
 特に,ひどい作品に対して義憤(?)を抱くもののその程度が低下した
・文章に自己満足する自意識過剰な性質上,中途半端に更新したくなかった
・801の読書量(特に小説)が減少してきた
・腐男子の存在もメジャーになりただでさえ薄い存在意義が希薄化した
といったあたりでしょうか。他で自己満足が得られていたという側面が大きいかも。

翻って,なぜ今更ながら更新を志したかというと,やはり列挙するに
・未だにごく少数ながら本ブログを訪なっておられる方が存在する
・801自体は三十路を深めても読み続けており,思うところは未だにある
 特に,好きな作品の良さを再確認しつつ布教したいとの思いは拭い去れない
・801以外の漫画やラノベ,ジュブナイルなどについても思うところはある
・更新中から感想を後回しにした結果ずっと感想を挙げていない801小説がある
 (具体的には鷺沼やすな女史の「専制君主のロマンス」や渡海奈穂作品など)
・朝丘戻。氏が復活し,あまつさえ初?のハッピーエンドの小説を上梓している
 (個人的に以前からハッピーエンド作品を待望する旨を述べていたもので)
・畏友である墨東公安委員会氏からの更新への粘り強い励まし(圧力?)
といった理由が挙げられるかと思います。余暇が少し増えたというのもあるかも。

ちなみに,更新が途絶えた理由についても再開を志した理由についても,
一番影響力が大きいと思われる点には自尊心等の問題から触れていませんが,
賢明なる当ブログの読者諸氏には自明のことでしょうから明示はいたしません。
801を読むにつけ感じていた性差はやはり大きいのだなあと実感しておりますが・・・。

とはいえ過去のような記事の掲載がおよそ困難であろうことは自明ですから,
おそらくはツイッター的,備忘録的な色彩が濃くなるであろうことは確かです。
ごく私的な腐男子的801の読み方を時折こぼすような感じになるかと思いますが,
己を見つめなおす機縁になるとともに奇特な方々の眼に少しでも留まれば本望かと。


とりあえずの801的近況としては,『ウンポコ』休刊後,『セバスチャン』目当てに
『Wings』と『KAGUYA』の購読を迫られ,もにょっている心境を暴露いたしたく。
新書館の陰謀に乗せられているなあとは思いつつもとりあえず購入していますが,
特に『KAGUYA』作品の画質なりストーリーなりのクオリティの低さは一体何なのかと。
セバが載っていると知ってバックナンバーまで取り寄せたのにWeb掲載と同じで幻滅。
全般に原作付き作品を除けば無茶設定か無茶展開か無茶絵ってどうなんですかねえ。
まあメインターゲットの購読層と一回り以上違うオジさんが何を言っても詮無いですが。


しかし書き出すと早速愚痴になるあたり心根の貧しさがだだ漏れですね。なんともはや。
また飽きる前に鷺沼,渡海,朝丘作品については拙文をものしておきたい所ですが。
[PR]

# by bonniefish | 2010-01-27 23:50 | 801雑記 | Comments(0)