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2006年 02月 28日

ついに2月も暮れ

無為な時ほど早く過ぎるものよ・・・。


うえだ真由『モニタリング・ハート』:文章・構成〇 恋愛度〇 ネタ〇 バランス◎ 好み◎
攻がゲイであることに懊悩したり浮名の理由だったりするあたりは意外に新鮮だったり。
高校生が等身大に描けてるし、展開のお約束さを意識させない描写の濃やかさも中々。

木原音瀬『あいの、うた』: 文章・構成〇 恋愛度▽ ネタ〇 バランス〇 好み〇
「恋愛」かと言われると微妙な気もするが、キャラや心情の描写は上手いし引き込まれる。
持ち味の切なさはあって往時の復活を感じさせるが、背景描写が多すぎるのが惜しいか。

かわいゆみこ『東方美人2 千年王国』: 文章〇 恋愛度△ ネタ△ バランス〇 好み〇
文章に色気はあるんだが、キャラや背景の設定に溺れている感じもありややけれん味が。
あと何らかの見せ場は欲しかった(当て馬を使わずシリーズを続ける点は評価できるが)。

高遠琉加『楽園建造計画2』: 文章・構成〇 恋愛度▽ ネタ▽ バランス△ 好み△
キャラの苦境の描き方がベタになっていない点は凄いとは思うが、余りに説明がないと
移入自体が出来ず話についていきにくい面も。ていうか皆そんなに男に流されたいのか?

片山智森『フェイクなキスは秘密の約束』:文章△ 恋愛度▽ ネタ▽ バランス〇 好み▽
主人公が女だとすれば違和感は氷解するが。だがまた頼まれての入れ替りネタか・・・。
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by bonniefish | 2006-02-28 23:59 | 小説感想 | Comments(0)
2006年 02月 27日

砂糖菓子は弾丸になっていない

完全には復調しきらないようで、やはり年と運動不足ゆえの体力低下なのかなあと嘆息。


先日帯に惹かれて購入してしまった、桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』という
ライトノベル(富士見ミステリー文庫)を読んだのですが、これが何と言いますか力不足で。
要は父親による虐待とそこから生じる心理的な諸々を少女チックに書こうとしてるんですが
いやもう全然描写から考察から話の展開から浅いのなんの、笑いがこみ上げてくる程で。
ストックホルム症候群を持ち出したり少女を明るく描いたり、悲壮感を煽りたいのかなとは
思いつつも、何せ描写がソフトな癖に平板だし展開は唐突なのでキャラに移入できないし
諸悪の根源の筈の父親の言動に厚味が無くただの異常者としか見えないしともう散々。

でもどうやらこの作品は宝島社のランキングで総合3位とか年度1位とかに入っていまして
ここでそういったランキングをこき下ろすのは簡単なんでしょうがそれは別の機会として、
どうしてここまでなってない小説がハイランクなのか、逆に言うとラノベ読者や編集やらが
高評価したはずの作品をなぜ全く評価できない(好みとは別の点で)のか考えてみたら、
「要は801(特にJUNE系)を読んでいるかいないかの差では?」という点に気付きまして。

思い返せば90年代の801において親子関係のトラウマなんて石投げたら当たるほどに
様々な状況と理由による崩壊家庭が多くの作家によって創作・描写されつくしていて、
当然書き手のレベルが高くなっていたわけですよ。まあこちらの描写に特化しすぎたり
余りに数が描かれた結果、読み手も書き手も飽きたのかめっきり見かけなくなりましたが、
それでもまあこの時代の読者経験が編集にも読者にも潜在的にはまだ残っているのか、
最近溢れている酷い801作品群の中にこの点で描写がおかしいものを見ないんですね。
(もしかしたら本当に誰一人としてこのネタを書かなくなっているだけかもしれませんが)

男同士で惚れる理由付けや葛藤の辺りとか、今挙げた複雑な家庭関係からの影響とか
そういった古き良き遺産が出来上がっている点につき注意して近作の801を見てみると、
これらの点については「そもそも描かない/最低限に留める」といったものが殆んどで、
エロシーンやストーリー(と言って良いのか?)展開やキャラクター設定に見られるような
臆面も筆力も抑制も無く無節操に書き散らす現象は起きていないような気がしまして、
消極的ですがこれはかつての古き良き時代の「遺産」として評価できることなのかなと。
801のこうした点を愛でる身としては新たな作品に触れることが出来ず悲しいですが、
下手に引っ掻き回されるよりは良いのかなあという諦め気味な気持ちにもなっていたり。

まあ桜庭一樹女史も『JUNE』を読んでたらこの作品を書かなかっただろうなということで。
いや、でも敢えて今風に「分かりやすく」「萌えやすく」書いてしまうのかもしれないなあ。
『JUNE』とライトノベルを両方読む読者なんて想定する必要性など欠片も無いんだし(笑)。
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by bonniefish | 2006-02-27 23:59 | 長文雑想 | Comments(0)
2006年 02月 26日

克己心とか自制心とか

もうこの年になってしまうと手に入らないんでしょうかねえ・・・。


【Dear+ 3月号】 なんか厚みも話も薄くなってきた気が。往時の栄光は戻らないのか?
〇:夏目イサク『たりないものはひとつだけ』: 展開は上手いが攻のキャラがご都合か?
   月本てらこ『惑性.'s』: ページが多くなってもやっぱり展開は断片的なのか・・・。
   印東サク『恋愛感染』: 受のモテ方や攻の気障さが嘘臭いが、仕上がりが良いので。
△:松本花『がっこうのせんせい』: 過去ネタだし、大ゴマが多くて間延びしてる気が。
   花村イチカ『いばらが頬に傷むのです』: 先輩のキャラや展開にご都合感が強すぎる。
▽:秋月杏子『東京娼年事情』: 絵と設定の安直さが。個性はあるような気もするけど。
   鳥人ヒロミ『彩おとこ』、依田沙江美『よるべなき男』、右往左往『掌に伝わるもの』
×:吹山りこ『Sparkling Romeo 2』: 何が描きたいのか意味不明。社会人性なさすぎ。
   麻生海『隣人はドアを叩く』: 何でここまで味気なく面白くないのか興味深いほど。
スルー:志水ゆき『是-ZE-』、こいでみえこ『寝ても醒めても』、
     門地かおり『生徒会長に忠告』、南野ましろ『はちみつ光線大作戦』
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by bonniefish | 2006-02-26 23:59 | 漫画感想 | Comments(0)
2006年 02月 25日

大幅な遅延

久しぶりに知人とコンサートに出かけその後飲んでいたため遅くなってしまいました・・・。
とは言っても日付上はドーピングですが。いい加減この悪習も改めなければねえ・・・。
あと下の記事は「青いねえ・・・」という知人の含み笑いに全て還元されてしまうのかなと。


水城せとな『窮鼠はチーズの夢を見る』:絵柄〇 キャラ◎ 展開〇 恋愛度〇 好み△++
主人公のずるさ等キャラの厚みは流石だが、エロに特化しすぎだし受攻への違和感が。
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by bonniefish | 2006-02-25 23:59 | 漫画感想 | Comments(0)
2006年 02月 24日

やはり地雷ネタだろうか・・・

体調不良をこれ幸いにと休んでいると益体も無いことばかりに考えが及びまして。
2日続けて801とは関係ない話題で恐縮です(少しだけ関連はしているかも・・・)。


スポーツはいつから「感動」と密接不可分なものとして取り扱われるようになったのだろう。
夭折したナンシー関女史がアトランタ五輪の頃から(!)既に指摘していたことだが*)。
予め断っておくが、凡そスポーツが感動を与えるものではないなどと言う気は毛頭無い。
競技としての美に打たれることや、戦う姿自体の美しさに魅了されることもあるだろう。
死力を尽くして勝利をもぎ取り、あるいは破れ涙する姿には共感も賞賛も覚えるだろうし、
そこに至るまでの努力や苦しみに思いを馳せれば、万感の思いもこみ上げてくるはずだ。

しかし勝利時に顕著に感じられるのだが、上記のような内実を伴わず結果のみについて
「感動した」と言っているとしか思えない一群の人々や報道が存在する気がしてならない。
仮に敗れたとしても「一生懸命な姿に感動した」などとオウムのように連呼される「感動」。
マスメディアによっていつの間にか「感動」に「絶対善」の価値が与えられてしまったのは
もはや所与として受け入れざるを得ないが、それがこれほど浸透したのはなぜだろうか。
穿った見方だが、個人的には「感動」も一種の思考停止である点が理由という気がする。
つまり「萌え」と全く同じ現象が全国民的レベルで堂々とまかり通っているのではないか。
曖昧なプラットフォームの上で「共感」を分かち合ったと錯覚するだけの無為な行為が。

今回の日本人女子初の快挙は喜ばしいし、スポーツ界の歴史に残る栄誉に間違いない。
そしてこの栄冠に至るまでに積み重ねられたであろう並々ならぬ努力と辛苦を考えれば、
彼女本人やそれを支えた人々、或いはその艱難を知る人々が感動することは納得いく。
あるいは演技の美的表現から感動を受けるということも大いにあり得ることだとは思う。
よって一連の報道に現れた「感動」には真摯に心を揺さぶられたものも含まれるだろう。
しかし「とりあえず感動」しているというなら、余りに無内容で安直に過ぎるのではないか?
中身の説明できない「感動」なんぞ凡そ喧伝できるような代物ではないと思うのだが・・・。

それにしてもヒステリックな期待報道から事後の無意味に健闘を讃え惜敗(?)を嘆ずる
あの一連の報道の流れはどうにかならないのだろうか。参加するだけで素晴らしい行事で
しかもそこで各選手が実力を遺憾なく発揮して入賞等の栄誉を勝ち得ていると言うのに、
上位の3選手のみが全ての価値を占めるのだとでも言わんばかりの偏向した報道ぶりと、
それを取り繕うかの如く繰り返される努力と「感動」の強調ぶりにはただ嘆息するのみで。
(これが嫌で中継等は一切見ていないのですが、正規のニュース内に侵入されては・・・)

*)ナンシー関「千葉すずは日本に蔓延する「感動させてくれ病」の特効薬か」(96.8)
  (角川文庫『何が何だか』所収)この時点で既に「ここ数年」との指摘が。凄すぎ・・・。
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by bonniefish | 2006-02-24 23:40 | 身辺雑記 | Comments(0)
2006年 02月 23日

ノロわれた私

鬼の霍乱と申しますか、本日は医者の診察を受け一日寝込んでおりました。
どうやら月曜日に食べた生カキにあたったようでして・・・。3年ぶり2回目ですね。
食べた量と体調、食い合わせ、ストレス等が関与するようですが、許すまじノロウィルス。
カキはここ数年左党になるのに合わせて好みになったのですが、今後は控えないとなあ。

というわけでさっさと休みます。801ネタ書かないのってはじめてかも・・・。
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by bonniefish | 2006-02-23 21:35 | 身辺雑記 | Comments(0)
2006年 02月 22日

『春ものがたり』

いい加減ゼミのレポートも書かないといけないんですが・・・。


以前ネタにした泣き関連で、吉田珠姫の『春ものがたり』が挙げられていたのでここでも。
この人の文章は正直幼い。国語的には問題ないが、どこかたどたどしさが感じられるし
描写もどこか浅いというか平板という感じで、抽象表現や大人の描写には向いていない。
それだけに幼馴染の中学生、しかも素直なキャラ達を主人公に据え、精一杯の恋情を描く
この作品は独特の訴求力を持っており、はまるともう一気に涙腺に来る(死にネタだし)。
褒め言葉ではないが、作者が懸命に書こうとしたものが拙い分だけ直に迫ってくるのだ。

プロットだけ見れば安っぽいと思う。登場する大人の描写やセリフは童話めいてすらいる。
それでも主人公達の懸命さやけなげさはひしひしと伝わってきて、移入せざるを得ない。
間違っても満点はつけられず欠点も多いが、それだけに持つパワーのようなものがあって
読み手を惹き付け心に残る作品になっている。雰囲気は狙っては作れないので貴重かと。
でも後書きを移入モードのまま読むか冷静に読むかで読後感は変わってしまうが(苦笑)。
感性や表現、文章力や描写力からすると、10代による10代のための作品に思えるので。
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by bonniefish | 2006-02-22 23:56 | 小説感想 | Comments(0)
2006年 02月 21日

ショタ雑想(6)ハッピーエンド論議

本当は昨日書いたように後ろ向きに懐古してから近作に触れようと思っていたのですが、
どうも考えていることが勝手にはみ出してきていけませんので先に整理してしまおうかと。


さて、『少年愛の美学』最終号の著者コメントに、ツヅキ真宵氏の次のような発言がある。
「本当はショタマンガにハッピーエンドなんてないと思ってるんです(笑)。」
さり気ないセリフだがなかなか含意は深そうだし、色々考えさせられる問題提起だと思う。
そこで作者本人の意図はさておき、これを筋にショタのあり方等について考えてみたい。

まず本来なら「ハッピーエンド」の意義について考えることが必要な筈だが、時間も無いし
ここで語りたいことともずれるので、とりあえず一般常識的な意味のものとして取扱おう。

「ショタにハッピーエンドが無い」とされる理由としては、当然色々なものがありえるだろう。
一番直接的なのは「ショタなど自然の摂理にも人倫にも反している異常性愛なのだから
そもそもハッピーエンドなどあり得ない/あるべきではない」という非難が考えられる。
そこまで過激では無くも「一見ハッピーでも結局は異常なんだから将来を考えれば・・・」
といった指摘も考えられる。いずれも至極もっともだとは思うが、お話の世界と言うことで
前者は勘弁して欲しいし、後者だってそこまでの現実味を求めては身も蓋も無いだろう。

では、虚構の世界の話とし、当該ストーリーの終結時でハッピーであれば良いとした上で
それでもショタをハッピーエンドとすることを躊躇わせるものがあるとすれば何であろうか。
それは、ショタ作品が内包しがちな不自然さであり歪みであり痛々しさではないかと思う。
ただこれは、先の批判のように不可避に所与として含まれるものではないとも思うのだ。

少年が同性に惹かれる、あるいは性的な体験を持つということ自体に対して痛々しいと
思う感性を自分は持っていない。ここで痛ましさを感じる人ならばショタは鬼門だろうし。
しかしそうした心情や体験が大人側の欲望の結果としてもたらされることに対しては
過敏とも言えるほど嫌悪や違和感を抱いてしまう感覚が、自分の中に根強く存在する。
完全に少年を性的欲望のはけ口としてしか扱わないような作品が第一に挙げられるが、
これに陰惨さを感じることについては共感も得やすいかと思う。近年は余り見られないが。

一見少年がイニシアチブを取っているが、その言動は完全に大人の欲望の投影、という
作品についても、書き手/読み手の欲望充足願望が透けて見えてやはり耐え難いのだが
この辺りからは人によって評価が変わってくるだろう。明らかにあり得ないとか不自然だと
感じる基準自体が人によって異なるだろうし、どこにそれを見出すのかも違ってくるだろう。
逆に突き詰めれば全て書き手や読み手の願望ではないか、との指摘も可能だからだ。
個人的には作中人物に対する客体性の確保が一つのメルクマールではと思っているが。

上記と重なることも多いが、性的な支配-被支配関係を体現する「装置」としてのショタ、
或いは攻(に移入する男性的心性)の弱さや狡さを隠蔽するための道具としてのショタにも
やはり陰惨さや嫌悪感を感じてしまう。これには正直同属嫌悪的なものもあるのだろうが
それ以上にやはり「本質的にショタ愛好者ではない」者が描き/読んでいることに対する
違和感が強いと言わざるを得ない。ショタ的な嗜好があるのであれば、作中人物とはいえ
無体な扱いは出来ないのではないかと言う気さえもするのは性善説に過ぎるだろうか。

結局のところ、同性に惹かれる心性や体験が、自発ないし偶発的なものとして描かれ、
作中の少年が書き手によって尊重されている(特性を踏まえた描写等がなされるなど)、
或いは(作者等の)直截な欲望充足の対象として描かれていないような作品については、
ハッピーエンドの可能性は残されているのではないかと個人的には思うのだがどうだろう。
「凡そハッピーエンドなどない」という結論を出すことへの愛好者の反発かも知れないが。

以上は一応ストーリー的なものを持つ801作品を前提に論じてしまった気がするので
若干補足するが、ストーリーも何も無くただエロだけを描いてしまう作品の場合には、
作りこまない分欲望の陰惨さというものは滲みにくいし、エロを所与と捉えてしまうためか
ストーリー仕立てのものよりは嫌悪感を覚えにくい(もちろん程度の差の問題だが)。
またそもそもエロ的な要素が無ければ当然陰惨さからは遠ざかりやすいことになる。
(もっとも過剰に美少年などへの理想が仮託されていると別な意味で醜悪さを覚えるが)。
さらに付け加えると、ショタ小説については上記とは別の観点もあるような気がするのだが
それは稿を改めたいかと(主人公の欲望充足が割と許される媒体ではないかと・・・)。

またも長々と書いてしまったが、要するにショタでは様々な欲望が顕になりやすいので、
それを昇華するなり打破した作品が似非ピュアな自分には好まれると言うだけの話で、
欲望の影の薄いそうした作品ならショタだってハッピーでも良いのでは?ということか。
でも結局は色々と後ろ暗いものがあることは否めないから書き散らしてるんだろうし・・・。
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by bonniefish | 2006-02-21 23:59 | 長文雑想 | Comments(0)
2006年 02月 20日

ショタ雑想(5)個別懐古編① まんだ林檎

現況の救いの無さに酒勢を買ってみましたが、結局ここの更新が進むだけのような気も。


さて、繰り返し述べた通りマガビー連載時の『子供の情景』の煽り文句(セックスごっこ)に
当初から後ろ暗い興味を抱いていた私が、本格的にショタを認識&実感させられたのは
『b-boy vol.17 ショタコン特集』で、これは筆舌に尽くし難い内的革命(?)をもたらした。
男性向けエロ作家のゲスト原稿が多かったのには萎えたし、可愛げなエロだけを追求し
中身が無い作品もあったのだが、まず冒頭の藤原タクトのエロさ(当時としては)に悶絶。
要するに攻なり大人なりの優位性を確保する手段としてではない、子供の子供としての
特性や輝きを描き、なおかつそれがエロティシズムに結び付いていた辺りが衝撃的で。
あるいはエロから離れ、純粋に少年の素直さや少年同士の固く純粋な結びつきを描いた
MAKOTO氏(本作以外ではついぞ目撃することがなかったなあ・・・)の作品を読んで、
少年を主人公に据えた作品に対する自らの希求なり嗜好なりをはっきりと自覚したのだ。

しかし当時の私に最も大きな衝撃を与え、以降のショタ趣味を決定付けたのは、他でもなく
まんだ林檎の『コンプレックス・イレブン』だった訳で・・・いやもうこの作品は凄かった。
ショタの変態教師を主人公に据えることで臆面も無く少年の魅力を描写し尽くした挙句、
地の部分での少年の描き方からして魅力的なためにその異常性が霞みすらする程度で。
話の展開も本来なら非常に陰惨だし救いが無いはずなのだが、適度なギャグっぽさや
その背後にある万能的な肯定感がそうした後ろめたさを押し隠し、結果としてショタ特有の
稚さや無邪気さ、やんちゃさといった肯定面とエロだけを突出させる効果をもたらしていて。
全体として明るさを保ちつつリアリティと淫猥さを持つ本作にはただ絶句するしかなく・・・。

突然に個人的嗜好の話になって恐縮だが、私は少年が大人の欲望の被害者である点が
感じられてしまうショタが好きではない。露骨に被害者的立場に立たされるものに限らず
少年の行動として不自然と感じられればその不自然さをもたらしたのは大人なのだろうと
考えてしまうし、あるいは背後にある大人の欲望が透けてしまって陰惨さを感じてしまう。
この点で男性向けエロから参入してきた作家の作品の殆んどが読むに耐えないのだが、
このまんだ林檎のように少年を少年として活写した作品には悶絶するしかなかったのだ。
今考えてみるに、性的な支配-被支配関係といった呪縛を体現するための装置を離れ、
少年を少年のまま愛でる、つまり攻の弱さや狡さを覆い隠すための道具ではないショタに
惹かれているということになるだろうか。これは異論も色々出て来そうな気もするが・・・。

しかし当時のまんだ林檎のショタは随一だった。直裁ではないが十分エロティックだったし
キャラクターの躍動感も非常に魅力的だった。本当にショタが好きだったんだろうなあ・・・。
このシリーズの前半(『コンプレックス①』として出版』)はキャラもリアルで魅力的だったし
その葛藤や衝動も含めて描写の機微と淫猥さが光る作品だったと断言できるものだった。
また当時彼女が出した同人誌『THE SHOTAROH』は、801のみに限らず各業界から
ゲストを集め、ショタ趣味についての多角的な分析を展開した興味深いものだったし、
小説家の牧忍と組んで出していた『籠の鳥』シリーズの官能振りといえば他に類が無く、
未だにショタ小説の極北として特筆すべき程の出来だったかと(この点は後述予定・・・)。

ただ惜しむらくは「コンプレックス」シリーズも途中からはゲイっぽい描写が目立ってきたし
終盤に至ってはありえなさやレズっぽさ、妙な教養臭さや陰惨さがストーリーから滲み出し
序盤の輝きを相殺して余りあるほどになってしまって。まあ調子に乗りすぎたのかなあと。
そもそも「コンプレックス」シリーズと平行して描かれた、第1作の変態教師を主人公とした
シリーズもあったのだが、当初から下らないエロに特化して読むに耐えないものだった。
あとは自身が出産し子供を持ったことで、従前のようにはショタを捉えられなくなったことも
影響しているのかもしれない。というか『Eclipse』時代から連載しているエッセイ漫画が
急速に痛い常識知らずのアホ女としか見えない言動を晒すようになっていったりもしたし。

今にして思えば「コンプレックス」シリーズ自体が、ショタが市民権を得ていく時代背景の
絶妙なバランスの下に成立した、ある意味奇跡的な作品だったと言うことなのだろう。
それでも、その奇矯な故に妖しく、昏く艶かしい輝きに魅入られてしまった身としては、
後ろめたさと罪悪感に苛まれつつも密かにショタ作品を追い求めるしかなかったのだ。
あの当時の切迫感は正直意義の薄いものだったと思うし、もう失って久しい感覚だが、
そうした環境の下で読んでいたからこそ面白かったのかなあという気もしていたり。
マイノリティが市民権を持つことは必ずしも業界にプラスに働くわけではないので。
代替策としてショタに流れ込んできた男性読者に掻き回されてきた過去を思うと・・・。
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by bonniefish | 2006-02-20 23:59 | 長文雑想 | Comments(1)
2006年 02月 19日

Music for the Royal Fireworks

ここ数日ずっと頭の中で題記の曲が華々しく鳴り響いております。なんでこんな時に・・・。
ふと急にサークル活動にいそしんだり、つい居間と台所の大掃除に精を出してしまったり。


【MAGAZINE BE×BOY 3月号】 ファンの囲い込みだけしか考えてないんだろうな・・・。
◎:ユキムラ『落ちぶれ紳士に愛の唄』: 弱さも含め受け容れる必然性があるのが良い。
〇:島崎刻也『揺恋』: 絵もネタも正直幼いが、地に足の付いた前向きさは買うべきかと。
△:北上れん『蜜月ルール』: 冗談でも妊娠ネタを見ると過敏に嫌悪感が出て(苦笑)。
   山田ユギ『CALL ME』: ちょっと番外編っぽいというか、恋愛が進まないのが惜しい。
   生島美弥『花のかんばせ』: 描きたいことが801から離れている気がするんだが。
▽:高永ひなこ『不器用なサイレント』: 何の捻りも無い。メイド服が描きたいだけか?
   やまかみ梨由『満たされる唇』、みささぎ楓季『引っ越してきました。お隣に』
×:瀧ハジメ『脱げ!聖アリス学園高校野球部』: この無駄さはファンすら舐めてないか?
   大和名瀬『ペット・お仕事中』、高田ゆうき『STELLA』
スルー:亜樹良のりかず『love maze』、龍川和ト『追憶のビーナス!』、
    田中鈴木『恋は丸呑み』、藤崎こう『from オフィス』、蓮川愛『恋愛操作Ⅲ』、
    九州男児『課長の恋』、浦コハク『愛犬ゲンキ』
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by bonniefish | 2006-02-19 23:54 | 漫画感想 | Comments(0)