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2004年 04月 23日

焦燥

早く落ち着かないと諸々の日常生活に支障が生じてしまいそうなのですが・・・。


桜木知沙子『金の鎖が支配する』は良くも悪くもこの作者らしい作品であると思った。
自らの性質に悩む主人公、当初の思い人であり後も温かく主人公をフォローする友人、
適当なリアリティをもった女性キャラのアクセントに、主人公が攻へ思いを傾けていく。
攻の性格設定などに多少本作の特長が見られるものの、全編に作者の色が出ていて、
安心して読むことが出来るものとはなっていた。正直私には多少食傷気味なのですが。
だんだんこの人も磨り減ってきている気がしなくもないのですがねえ・・・。


かわい有美子『東方美人』は・・・作品としては個人的には好きなタイプのものである。
筆力はしっかりしていて安心して読めるし、ストーリーも密に進んみ飽きることがない。
しかしどちらかといえば801以外の要素-作品の設定に付随するものであるから
ある程度は仕方ないといえるが-の描写の方に力点がある気がしてならないし、
また801作品を読もうとしている読者に満足を与えるのかどうかも微妙だなあと。
作者自身がややもすると設定を書く方に楽しみを見出しているように見えてしまう。
(設定に振り回されているのとは違うので、作品として見れば評価できる水準だが)
筆遣いとキャラクター設定のストイックさはこの作家の得がたい武器だと思うので、
いま少し遊びや色気を持ち込めれば、より多くの読者を得られると思うのだが。


雪代鞠絵『サンクチュアリ』は・・・いわゆる「黒ラキ」だから仕方ないんだろうけどねえ。
冒頭からの展開が唐突過ぎ。いきなり高校生を拉致した所から始めるのはどうかと。
エロに3割だかのページ数を割かなければいけないという制約があるのもわかるけど、
もう少しストーリーの流れというものを作って欲しい。エピソード集じゃないんだから。
そもそも1週間の予定だった主人公の監禁を延長するのに何の説明も無いのはどうよ。
まあ主人公視点だから、そうした情報がない方がリアルだと言えない訳ではないが、
完全に読者としては置いていかれてしまって、目が滑り出すことこの上ない。
主人公が快楽に溺れ出す辺りも焦らしが少ないから読者としての玩弄の仕様がないし。
最後のどんでん返しには驚いたが、なけなしの伏線も本編があれでは活きようが無い。


しかし一体どうしてこう受を無体に監禁陵辱するストーリーが売れ続けるのであろうか。
一体一般的な読者は、本作のような作品をどのような視点から読んでいるのだろう。
単に、男性的な攻に陵辱されている受の様が見たいだけのだろうか? 
その場合読者は第三者的に見ているのか、それとも自らの姿を受に投射しているか。
考えてみれば女性が801を嗜好することに対しては、恋愛への興味を満たしつつも
自らと同じ性である女性を排除することで自意識との抵触を避けていると指摘されるし。
逆に受を陵辱している攻の様が見たいのだとしても、やはり視点と移入の問題は残る。

ただ私はどの作品も原則として主人公に移入して読むため、このような作品を読むと
自らの思うように動いてくれない受にも身勝手に専横し放題の攻にも苛立ちながら
読む羽目になるので、どうしてこれが好まれるのか疑問に思ってしまうのですがね。
今ふと気付いたのですが、攻視点で書かれる作品が少ない801業界の中で、
ショタだけは少年を玩弄する様を描くために攻視点で描かれる事が多いわけですが、
このことは私がショタ作品を嗜好することの理由の一つとなっているかもしれません。
私の敬愛する鷺沼やすな女史も原則として攻の視点から傑作を紡ぎ続けていますし。

(初出:『Ethos』「やおい雑記」。本記事は2006年10月12日に転載されたものです。)
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by bonniefish | 2004-04-23 23:27 | 小説感想 | Comments(0)
2004年 04月 22日

ようやく

環境が落ち着いてきたものの、そもそもの学生生活があわただしく余裕も少ない。
朝の電車で予習をするようになったため読書に割きうる時間が半減したし、
そもそも本屋による時間も本を吟味する余裕もうまく取れていない感じで。
・・・まあ前から言っている通り収入の減少に鑑みれば悪くない状況なのですが。


いとう由貴『たとえこの恋が罪であっても』は某所での評判の割には陳腐気味か。
受の内罰的な性向を強く書きすぎているというか、打開策が見えないというか。
苦しむ主人公に共感する向きが多いのだろうし、私も一応はそれに与するけれど、
ややうじうじし過ぎというか弱すぎというか。庇護欲より嗜虐欲が目覚めそうで(笑)。
攻めの弟の所業やその結果については作品上の必要性に比して酷過ぎると思うし、
ラストに向けての大団円振りへの突撃をみるに童話のようだという印象しか受けない。
全般にもう少しバランスを整えれば佳作としての評価は揺るがなかったと思うのだが。


剛しいら『ロッカーナンバー69』は、どちらかというとB気味の作品だったか。
主人公を一人称で書いているのだから、主人公の成長振りを描くにしても、
もう少し主人公自身の視点からの描写で埋めていけばよいと思うのだが、
作者自身のいわば「神の視点」が見え隠れして、あまり読後感がよくない。
つまり主人公が自分自身をつかみ切れず煩悶としている設定だというのに、
作者の方が「こいつはこういうやつなんだ」という設定を過度に滲ませたり、
周囲のキャラに訳知り顔に語らせるのは、読んでいてフラストレーションがたまる。
つまり周囲の人間がなぜそのように主人公を捉えているのかよくわからないのに、
一方的に決め付けられる気分を味わうことになるのだから、読者に対して不親切。
まああとはモラトリアムの書き方に対して個人的には嫌悪感を抱かざるをえないが、
まあこの辺りは趣味の差であろう。文章自体は悪くないし。
それにしても主人公の心理的状況の変更を示すためだけに病的なカリスマを出し、
しかもそれを殺してしまうというのも相当に悪趣味ではないかと思うのだが。


真船るのあ『僕の野獣』は・・・まあパレットですから・・・。
面倒見の良いお兄ちゃんが弟にこまされて押し倒されるってのも王道だなあ。
ちゃんと攻の家族に関する悩みなんかも出てきて、うまくほだされハッピーエンド。
ラストのベタベタっぷりでサービスも十分ですから、日常に疲れた人には良いかなと。

あと2冊読んでいるのだが時間が無いのでまた後日。

(初出:『Ethos』「やおい雑記」。本記事は2006年10月12日に転載されたものです。)
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by bonniefish | 2004-04-22 09:42 | 小説感想 | Comments(0)
2004年 04月 14日

近況報告等

本日が実家の引越しでして。引越し先は同じ市内であり車なら10分ほど。
数日来睡眠時間と勉強時間を削って家族全員で突貫してきたものであり、
何とか今日の日を迎えることができてほっとはしている。
しかし実は今日も大学に来ていて引越しの状況は分かっていないのだが。

この書き込みは実は大学の自習室からテストを兼ねて行っているのだが、
当然周りは真面目に判例検索等をやっており、なんだかなあという気になってしまう。
ただでさえ引越しの準備で予復習などに手がついていないというのに・・・。
しばらくは家があたふたしているため、大学からの書き込みが続くと思う。
さすがに次回からは自習室での書き込みは避けるつもりだが(笑)。

801は4冊ほど読んだがとても感想が書ける状態ではないので後日。

(初出:『Ethos』「やおい雑記」。本記事は2006年10月12日に転載されたものです。)
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by bonniefish | 2004-04-14 13:03 | 身辺雑記 | Comments(0)
2004年 04月 04日

蔵書整理

また間が開いてしまいました。私の引越しの他に実家も引っ越すため忙しくて・・・。


2日に寮を引き払い、東京の新居に荷物を運び入れたのだが、これがまた凄い量で。
広いとは言い難い新居に積みあがった荷物を見た親に絶句され、整理を申し付かる。
個人的には部屋に納まる量であれば処分は避けたいところではあるが、現在の所
801の雑誌について処分は避けられない状況になっており、諦めもついている。

改めて思い返すに、そもそも本が溜まったのは、ジャンルがジャンルであるだけに
うかつに処分が出来ないから、とりあえず段ボールに詰めたというだけなのである。
しかし量が増えてきて、マニヤ特有の収集癖が頭をもたげてきたのが痛かった。
あとは昨年の5月にも書いたとおり、本を捨てるという発想が無いことも一因で。
結局殆どの本と雑誌を処分することなく9年間が経過してしまったのだ。

あと個人的な価値感覚というか貧乏性の発露というか、感情的な理由もあるわけで。
私が買って所有している本は、私が所有している限りにおいては、私にとって
購入価格と同価値のものであるわけで。つまり880円の本は880円の財産だと。
しかしこれを売却するとなると、価格が付くか付かないかというレベルになってしまう。
つまり実際上、私の801蔵書については交換価値はほとんど無いわけである。
ただこのような売却を試みたり、あるいは再評価を行おうとしない限り、私の蔵書は
私の主観からみた価値を維持し続ける訳で、金を費消したという印象が薄くなる。
やはり私も本に毎月大金を投じることへのためらいや後ろめたさと無縁ではないので
この「費消していない」という感覚が、何物よりも得がたいものであるわけですよ。
多分大方のコレクターというのはこうした発想で物を買い集めていくのではないかと。

しかし積み上がる本に生活空間を過大に占有させてしまうわけにもいかない訳で、
処分もやむなしではあるなあと思い心沈む今日この頃であります。
まあ今回の引越しに当たって、本を自分でトラックに積み込んで輸送した上で、
新居で荷下ろしをして2階の自室に運び込んでいる作業中な訳ですが、あまりの量に
体力の限界を感じています。ていうか再独立したときのことを考えると恐ろしくて・・・。
やはり自分の城を持つまでは所有できる物量に制限が課されるのは不可避なのかと。

雑誌についてはMBBとGUST(GUSH)とDear+を除いて処分予定。
書籍については大整理を行ったうえで、処分の可否などを決定するつもりです。
しかしいつそんな時間が取れるやら・・・。

あと書籍の購入量についても一定程度減らさざるを得ないでしょう。
まあ勉強もしなければなりませんし、収入も激減するので丁度良いかもしれませんが。
ただ先月の26日最後に書店を訪れていないので、明日も買い込みそうな悪寒・・・。


当然引越しのバタバタで本を読む時間もとり辛いので、読んだのは以下の2冊のみ。

松前侑里『籠の鳥はいつも自由』は受攻ともの自己中っぷりに眩暈がしてしまう。
それなりに作り込まれているのだが、やはりこの作家のカラーが出てしまうのか。
自分の感情を処理するだけで精一杯な受視点で進む小説は移入できないと辛い。
一般に厨ファンが多いとされ、また三行半を書かれやすいのにも頷ける気はする。
まあ一定のレベルの作品を出す作家ではあるので、袈裟懸けに切り捨てる向きには
反論もしたくはなるのだが、まあ昔の自分を忘れたい人々に抗っても仕方が無いし。

朝丘戻。『晴れの雨。』は評価に困ってしまう。好きな作品とは言えるのだが。
何というかこの人のは後書きだけを読んでいると独特の哲学をお持ちのようで、
私はそれに7割以上同意しつつも、やはり商業作品として若干の異議も申し立てたく。
普通に相思相愛になることだけがハッピーエンドではないという意思表明を読んだ時は
思わず快哉を叫んだし、筆致も主人公の書き込まれ方にも魅力を感じているのだが、
結末まで読み通すと、普通に相思相愛にした方が話としてまとまる気がしてならない。
私の脳が801脳になってしまっていて常識から離れられないからかもしれないが、
「そうまでして無理に別れさせたり殺したりしなくてもいいじゃないか」と思ってしまう。
というかそんな奇抜さ(ある意味の安直さかも・・・)をてらわなくとも、この作家は
その筆力で十分読者を感動させる良い傑作が書けるのではないかと思うのだが。
読後に違和感が残った状態で、また内面に入り込んでしまった後書きを読んでしまうと、
ちょっと白けてしまうというか過剰な自意識に当てられてしまうというか。
この辺りの自己顕示や自己抑制と表現のバランスが難しいことも再確認されてしまう。
次回作こそはもう少しエンターテインメントを取り入れてよい作品を書いて欲しいと思う。


なんだか偉そうなことを言ってしまいましたが、物事の伝え方は本当に難しいと思う。
シニフィアンとシニフィエの齟齬に加えて、聞き違いなどの物理的な錯誤なども考えると
2つの主体の間で意思疎通が成立していること自体が奇跡のようなものなのだろうけど。
まあそこまで小難しく考えなくとも、こうしてまがりなりにも拙文を公開している以上は、
リテラシーの問題に鈍感では当然いられないわけなのでしょうがね。
・・・そこまで意識が回っているなどとは口が裂けても言えませんが・・・。

(初出:『Ethos』「やおい雑記」。本記事は2006年10月12日に転載されたものです。)
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by bonniefish | 2004-04-04 03:04 | 小説感想 | Comments(0)