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Ethos-Annex

tanbi3.exblog.jp
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2004年 06月 25日

進歩しない生活・続き

染井吉乃『恋のしくみ』はパレットだから仕方が無いとしてもちょっと酷すぎる。
主人公の環境や性格に付いての描写が足りないし、猫の失踪という事件も唐突。
ましてその捜索過程で知り合った相手やその友人についても説明が不足しているし、
更には読者をミスリードしようという思惑が空回りしていて読んでいて話が掴みづらい。
伏線や隠語の使い方も悪いし、重要な影響を及ぼす事態を偶然任せにしているし。
読者にサプライズを与えるために主人公をつんぼ桟敷に置くこと自体が陳腐なのに
その処理が愚かしいのでは読んでいて騙し討ちというか拍子抜けしか感じなかった。
絵に騙されてはいけませんなあ。読み飛ばす作品には最近あたっていなかったのに。


秀香穂里『チェックインで幕はあがる』はエリートもので、嘘臭さが少ない点で希少か。
どうしても説明が過多で固くなってしまうのを受の優秀さゆえと乗り越えてしまえば
ストーリーとしては誘引力を持っているだろう。攻の有能らしさはまあ出せているし。
もう少し互いの緊張感を水面下に忍ばせ会話のやり取りを洒脱にすればスマートな
恋の駆け引きを演出できるとも思うが、あえて心根の愚直さを失わせないことが、
却ってこういう浮世離れしかねないストーリーに現実味を与えているのだろうか。
まあ攻の方もお約束とは言え強姦しているし、ある意味お互い様か。お熱いことで。


高遠琉加『天国が落ちてくる』は、カリスマの挫折を偶然に救ううちに恋情が生まれる
逆シンデレラストーリー(違うか?)のようなもので、個人的には好きな形態である。
(この辺が私の脆さや醜さの証左でしょうなあ。感想には色々な物が表出することで)
攻が受を振り回す理由が不安や甘えからであることや、尊大な仮面の下の描写等は
類似の作品とは異なり空疎とは感じられない。安直に堕すことなく良く書けている。
受も単なる気弱とかうじうじとしたキャラにはなっていないので悪くないかと。
ただ受にまで天才性を匂わせるには正直くどさを感じた。トラウマ判明でさらに倍。
互いに支え合いぶつかり合って心も恋愛も育てる話と思われるので評価したい所だが、
特に受のトラウマを安直に解決したり逆に放置するようなことがあれば大幅減点かと。
まだ1巻なので期待を持って続編を待ちたいが、だれることのある作家だからなあ。


崎谷はるひ『形状記憶衝動』は、BEaSTからルビーに行った作品だしとにかく派手。
偶然出会った魅力的な高校生に興味を持って関わり出したことで、今まで女性とは
形ばかりの付き合いをしていたエグゼクティブに衝動的な恋愛感情が巻き起こると。
攻視点では受の若さやしなやかさ、可愛さ、けなげさ、美しさの描写が繰り返され、
地の文や受視点では攻がいかにスマートで男らしく金持ちであるかが綴られる。
こういうありえなさもここまでがっちりと書きこまれるともうお見事という他無いかと。
お好きな向きにとっては存分に夢想に浸れる作品ということになるのでしょうかね。
特に続編ではラブラブ振りやHの辺りが綿密に描写されますから至れり尽せりかと。
受の描写については趣味と相俟って私も高得点をつけますが、その他はげんなり。
あとルビーの読者を想定すると文体が硬くて説明過多と言うことになるんだろうなあ。

(初出:『Ethos』「やおい雑記」。本記事は2006年10月12日に転載されたものです。)

by bonniefish | 2004-06-25 00:00 | 小説感想


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