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2004年 01月 23日

偏在と同定・続き

柊平ハルモ『きっと甘いくちづけ』はまあ黒ラキだからねえ・・・。
金や体から付き合いが始まるからキスしないっつうのは実際にあるのかしらん。
こんなの少女漫画の中だけのファンタジーという気もするが。まあそう考える人が
いることは確かだと思うけど、こう801とかで頻発するほどメジャーだとは思えないし。
政治化のドラ息子が受との交情で愛に目覚める点はもう突っ込まないけどありがち。
初Hがずいぶあっさりとかかれているからおや、と思ったけど次からずるずる。
つうか2回目から感じすぎ。どんな人間だ。体ってそんなに都合よくできてないろうに。

読んでいて驚いて読むのを中断してしまったのは次のセリフ。
「臍の下の空洞を統一郎でいっぱいにしてもらわないと、満足できなかった。」
臍の下の空洞? つうか後ろでやってるのになんで「臍の下」なんていう表現になる?
断言はできないけどそれって女性の感覚のような気がしてならないのだが。
当然受の感覚なんて分からないので尾篭な別な方から類推するしかないけど、
間違っても臍の下であるとは感じないけどなあ。個人差なのか知らん。
まあ「801穴」なら何でもありだから別に良いんですけどね。


愁堂れな『僕だけの騎士』はまあプラチナですから何も考えてはいけません。
弁護士ものなのに何一つ法律用語が出てこなくてもスルースルー。
受がいきなり攻の家に拉致られたり、モテモテ扱いされても鈍感なのもスルースルー。
まあ物語の導入があまりにもぎこちなくて、いきなり拘留されてるという設定に
全くと言って良いほど現実感がない点や、被害者の妻の性格設定がご都合過ぎる点
(冷淡かと思えばヒステリックで、最後いきなり殊勝になったりでついていけません)、
真犯人の殺害動機の適当さなどは、もう突っ込むより先に笑い飛ばすところですね。

一人称の文章はとりあえず書き手としても視点が統一されるから書きやすく見えるが、
相手方や他人の心情を書こうとすると致命的に難しくなるのを分かっているんだろうか。
だったら素直に受けをブラインドにして伏線を張りサプライズにすることもできるけど、
当然そんな事をすることもなくただ書き流しているから展開が唐突でご都合になる。
つうか、受が鈍感で周囲の思惑や裏事情に気付かないというのはよくある展開だが、
それを一人称の文章で読者にさりげなく示して理解させるのは至難なんですね。
あまりにあからさまにとかわざとらしく書かれるとあざとさが透けて落胆させられる。

まあ売れることを考えれば設定やキャラも自ずと枠がはめられてくるし、
文章だって分かりやすいものが尊ばれるのは当然であることは理解できるが、
801本でももう少し「文章を読む悦び」のようなものが味わいたいんだけどなあ。
別に売れることが悪いとも思いませんが、他の判断軸も大事にして欲しいと言うか。
正直売れ行きと出来のよしあしはあまり関係がないを思うところがありますしね。
「売れるのがよい本」とも「良い本は売れなくても良い」とも考えたくないのですが。

(初出:『Ethos』「やおい雑記」。本記事は2006年10月12日に転載されたものです。)
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by bonniefish | 2004-01-23 14:00 | 小説感想 | Comments(0)


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